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飼育動物だからって安全だとは限らない!!
「飼育されている動物は人が管理してるし懐いてるし、噛まれることなんてないから安全だろう!」
そうお考えの方、身近なところにいらっしゃいませんか?
動物園・水族館スタッフとして動物たちの近くで働いている人や正しい知識を持った上で動物のことが大好きだって方はご存知のはず。
飼育動物だから絶対安心なんてこと、ありません!
「それは頑丈な檻に入った大型の肉食動物に限った話で、飼育員が同じ獣舎・プールに入れる動物や小動物だったら大丈夫なんじゃないの?」
いえいえ、そんなことはありません。
確かに大型の肉食動物は鋭い爪や牙を持っていますし体も大きいので、飼育員が誤って同じ檻の中に入ってしまえば軽くても後遺症が残るような怪我を負うことは十分にありえます。
ニュースでも稀に肉食動物に襲われたという大変痛ましい記事が流れてくるため、その怖さを知っている方は多いことでしょう。
では、例えば水族館のトドやアシカのように飼育されていてトレーナーが体に触ったり近い距離で飼育業務をしたりしている動物や、ペンギン・カピバラ・リクガメなどのように小柄な動物であればどうでしょうか。
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確かに側から見ていると、トレーナーの言うことを理解してそれ通りに行動できる動物や人間のもとに寄ってくる動物、小さくて力がなさそうな動物に危険さを感じることはほとんどないかと思います。
しかし、それは飼育員が動物の状態を日々観察してその状態を把握しながら相手に合わせて動いていたり、安全に飼育業務ができるよう細心の注意を払ったりしているからであって、何も考えずに手を出せば間違いなく怪我をします。
飼育動物だって攻撃する時は攻撃してきます。
ただこれを「攻撃」と書き切ってしまうと語弊があるため誤解がないよう書いていきます。
動物がこちら側にダメージを与えることとなる行為には「噛む」「突く」「叩く」「蹴る」などが挙げられます。
このうちの噛む(一部の動物であれば突く)という行為に注目してみましょう。
そもそもなぜ動物たちは噛むのか?
これにはいろんな理由があります。
少し話は逸れますが、トドやアシカ、ペンギン、カピバラなどには私たちでいうところの手に当たる部位や足に当たる部位がありますね。
トドやアシカ、カピバラであれば前肢(ぜんし)と後肢(こうし)、ペンギンであればオール状の翼フリッパーと脚。
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このうちの手に当たる部位には私たち人間のような自由に動かし物を捕まえることのできる指はありません。
私たちが気になった物を見つけた場合、だいたいの人は手を伸ばしてその物を触って確かめようとしますよね。
動物たちにも当然気になるものはあります。
しかし私たちのように手で触って確かめることはできません。ではどうするのか?
口を使います。
物を口の中に入れたりくわえたり。
動物たちの口はものを食べる部位であると同時に、ものを確かめる部位であると考えることもできます。
気になったものがあったから口で確かめに行った。それが私たちにとっては噛んできたあるいは突いてきたとなってしまうわけですね。
他にも、身を守るために立派な牙や鋭いくちばしを使うこともあります。
野生の厳しい環境で生き抜くためには、襲ってくる敵を倒したり追っ払ったりできるくらいの力が求められますからね。
長年飼育下にいる動物や動物園・水族館生まれの動物であっても、それくらいの力は持っています。
また、相手に気づいてほしい時などに噛んだり突いたりしてくることもありますね。
人間の体は動物ほど丈夫ではないため、身を守るための行為を体に受けると大怪我を負うことや最悪命を落としてしまうこともありますし、動物たち同士であればちょっと小突いたくらいや戯れあったくらいの力でも私たちは血を流すほどの怪我を負ってしまいます。
小さなペンギンでも生きた魚をあのくちばしで捕まえるわけですから力はかなりのものですし、おまけによく切れます。
ごはんのとき、こちらに気づいてほしいからと言って飼育員の足を突いてくるペンギンもいますが、その力が強いゆえ膝横や太ももは青タンだらけです。
こんな感じで、飼育動物といえどその行為をしてくる理由を考えずに手を伸ばすと痛い目に遭います。
ちなみに、
「自分は動物のこと大好きだから!」
「犬猫や鳥など身近な生きもので動物の扱いを慣れているから」
「心を通わすことができそうだから!」
といって禁止されているところで柵の中に手を入れたり動物に触ったりする人を見かける機会は少なくとも1日1回以上ありますが、現実をそのままお伝えすると見ず知らずの人間にいきなり心を開くような動物はそういませんし、いきなり触ろうとしてくる人に対しては友好よりも恐怖って感情の方が抱きやすいのではと思います。
私たちだって、いきなり知らない人が触ろうとしてきたら怖いですもんね。
それに水族館の動物たちは人間にとって都合よく慣れさせることだけを目的に飼育しているわけではないので、「人が管理する動物だから」と思い込んで手を伸ばす行為は非常に危険ですね。
もしもダメだとされている行為を人間側が破って動物に噛まれてしまったら、その動物に罪はなくても「人を噛んだ悪いやつ」といった悪名がずっと付きまとうことになります。
私たち飼育員が不注意で噛まれたり押し付けられたりして大怪我を負った場合も同じくです。
それに、お客さんが見ている前で飼育員ががっつり噛まれて大出血している姿なんて見ようものならお客さんの心にも大きな傷を負わせることになりますからね。
安全に見えるだけで、私たちの仕事は常にリスクと隣り合わせなんです。
だから私たちは万一のことを頭に入れ、自分たちが怪我をしないためには獣舎内でどういった動きをすべきか、どういった行動を見ながら最適な距離を保つべきかなどを考えながら動物たちと向き合うようにしています。
すぐに手は出さない、
意味もなくベタベタ触らない、
必要以上に距離を詰めない、
自分は相手に認められた存在だと思い込まない、
相手の考えを少しでもわかるよう努力する、
観察を怠らない、
自分たちの不注意は動物たちにも迷惑をかける、
万一のリスクを常に何通りも考えておく、
私はこれらを肝に銘じ、動物たちの元気な姿を通しておもしろさや素晴らしさ、魅力をお伝えできるよう彼ら彼女らと向き合っています。
飼育学芸員
フジ